加藤和彦が残した、平等と偏見を乗り越える「歌」という功績
「イムジン河」を歌った加藤和彦氏が亡くなった!
周知の通り、松山猛の訳詩のもと加藤和彦が結成したザ・フォーク・クルセダーズが歌ったのだがレコードは発売中止になり、そのかわり当時中学生だった僕が初めて自分の小遣いで買ったのが、彼が作曲した「悲しくてやりきれない」だった。
こんにちは、マンハッタン坂本です。
「イムジン河」は、北と南に分断された朝鮮の地で、いつかまた人々が自由に行き来できる平和な日が訪れることを願って作られた歌である。
▼イムジン河 フォーク・クルセイダーズ
「パッチギ!」は、松山猛が書いた「少年Mとイムジン河」が原案となっている。
パッチギ井筒和幸 監督
2005年 音楽:加藤和彦
キネマ旬報監督賞・新人女優賞、日本アカデミー賞・新人俳優賞:沢尻エリカ
親善サッカーの試合を申し込みに京都の朝鮮高校を訪れた康介(塩谷瞬)は、耳に入る美しいメロディに惹きつけられ、ふらふらと音楽室に行く。そこには、フルートを吹く美しいキョンジャ(沢尻エリカ)がおり、一目惚れをしてしまう。
楽器屋でたまたま知り合った坂崎酒店の息子(オダギリ・ジョー)から、その曲は「イムジン河」という題名で、フォークルのレコードを聴きながら、歌の由来やその想いを教えてもらい、日本軍の朝鮮侵略について聞かされる。
何とかキョンジャと付き合いたい康介は、坂崎からギターを教えてもらい、必死でその歌を覚え朝鮮語の挨拶も覚え、在日の人たちが宴会をしている公園に押しかける。運よく彼女と「イムジン河」を共演でき、以後、彼女と彼女を取り巻く朝鮮高校の連中と仲良くなっていく。
ところが、事故で死んだ彼女の同級生チェドキのお通夜で、彼の伯父(笹野高史)から追い出される。
「お前らニッポンのガキ、何知ってる? わしらは、お前らと違うんやぞ」
大阪からの助っ人、地元の不良高校生軍団と朝鮮高校の連中が鴨川で決闘しているさ中、康介はラジオ局で悔し涙を流しながら歌い上げる。
「イムジン河空遠く 虹よかかっておくれ 河よ想いを 伝えておくれ
ふるさとを いつまでも 忘れはいない イムジン河水清く とうとうと流る」
それを聞いたキョンジャは康介をラジオ局に迎えに行く。
お互いの隔たりがなくなり、お互いの心が溶け合った瞬間、「あの素晴しい愛をもう一度」が流れる。
▼パッチギ 予告編
ついでながら、「カーテンコール」では、在日韓国人が日本のヒット曲を感動的に歌ってくれた。
カーテンコール佐々部清 監督
2005年
日本映画批評家大賞作品賞受賞
タウン誌の記者、香織(伊藤歩)は、一通の葉書を切っ掛けに古い映画館・みなと劇場を取材する。昭和30年代に映画と映画の幕間に歌や形態模写をやっていた芸人の話を聞き出すためだ。売店で古くから働く宮部(藤村志保)から、その幕間芸人、修平(藤井隆)が舞台に出た切っ掛けや彼のファンだった良江とのなれそめなどを聞くうちに、本人に会いたくなる。
だが調べていくうちに、彼が在日韓国人で、妻は昭和45年の最後の舞台直後に亡くなり、小学校を出たばかりの娘の美里を捨て故郷に帰ったことが分かった。結婚して息子のいる美里(鶴田真由)と話して、本当は父親に会いたがっていると感じた香織は、在日の同級生の協力を得て、韓国の済州島で修平を探し当てる。
みなと劇場の閉館の日、30年ぶりに舞台に立った修平(井上堯之)は、葉書を出した美里の夫と孫が見守る中、現役当時繰り返しギターで弾き語りをした歌を、枯れた声で穏やかに歌った。
「言っているいる お持ちなさいな いつでも夢を いつでも夢を」
美里は、小さい頃両親と弁当を食べた映画館のロビーで、悲痛な思いで聞き入っていた。
1968年に発売中止になった「イムジン河」は、34年後の2002年にシングルとして再発売になった。
国家間や人種間のみならず、いつの時代でも、人間は平等ではなく、人間同士は偏見に満ち満ちている。それをお互いの歌だけで乗り越えることは不可能だ。
しかしながら、「イムジン河」を通して乗り越えようと試みた加藤和彦氏には敬意を表したいと思う。
ご冥福をお祈ります。
©Photo By oneilkwangwanh
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死の謎よりも、残した功績について語りたい。
数々の神話とスピリチュアルな雰囲気で有名な神話の郷、高千穂。その高千穂で100年の歴史を持つ酒造メーカー「高千穂酒造」が解き放つ、最上級の本格麦焼酎「高千穂 降臨の雫」。
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